受け入れる町で、暮らすひとたち
恵まれた環境とコミュニティが人のつながりを育む
白州の地で暮らす人たちへのインタビュー。第一回目は、幼少期から山梨県北杜市で暮らし、ここ白州町に世帯を構える辻俊彦(つじ・としひこ)さん、美佐子(みさこ)さんご夫妻です。
text by 野呂瀬亮/photo by 古厩志帆
俊彦さん:見慣れない人が地域を歩いていると「どんな人なんだろう?」と皆さん興味津々ですよ。昔は抵抗感を持つ人も少数いましたけれど、最近は比較的社交的なスタンスで移住者を受け入れようという心構えがある。基本的にのんびりと穏やかな人柄の人が多い地域ですからね。
美佐子さん:近年は少しずつ移住者も増えてきたこともあり、私たちより上の代に比べて考え方が柔軟になってきているんでしょうね。「地域のコミュニティに入りたい」と志願してくれる人もいますし、地域としても積極的に受け入れるようになってきています。
俊彦さん:人口も減ってきているので、柔軟に受け入れていかないと町が成り立っていかない現状もあります。家の前の通りも歩いている人や子どもがだいぶ減ってしまいましたし。昔は小学校からの下校時間になると、子どもたちで賑やかだったんですけどね。
美佐子さん:移住して来られる方がこの町に馴染めるよう、私たちも日々試行錯誤しているんですよ。一旦地域の催しなどに参加し始めてもご近所付き合いが煩わしくなって辞めてしまう。そういったケースも今までに何度かありましたので。
俊彦さん:初めからすぐに参加してもらうのはハードルが高いと思っているんです。ですから志願者がいた際には、1年間地域の催しや行事を体験してもらってから改めて意向を聞くようにしている。いわゆる「お試し期間」みたいなものですよね。
美佐子さん:少し前に移住されたご家族もそうした過程を経て、今では積極的に行事へ参加してもらいながら地域の皆さんと良い関係を築いています。集会所で賑やかに飲み食いしたり、お花見したり、楽しい催しもたくさんあるんですよ。
俊彦さん:もちろん強制はしないスタンスですが、参加してもらえると実際本当に助かりますよね。川や水路沿いの草刈りなんて今の人数だと本当に大変ですから。煩わしい部分もあるかもしれないけど、そうした時間を通してつながりを深めていくのは大切なことだと思うんです。災害時など、いざ困った時に頼れるのは地域の人々だと思うので。
俊彦さん:選択肢として都会に出ることは考えなかったですね。ずっとこの地域で育ったので、まず人や建物が密集している環境には暮らせない。自然が豊かでのびのびと暮らせる白州が好きなんです。
美佐子さん:やっぱり水が綺麗で美味しいのが魅力ですよね。白須地区の水源は甲斐駒ヶ岳の伏流水が流れる尾白川の上流にあるので、水道の蛇口をひねれば冷たい南アルプスの天然水が出てくる。お店で水を買うなんて考えられないです。
俊彦さん:歴史が深い地域だというのも魅力のひとつです。古くから人が行き来した甲州街道に面していることもあり、かつて宿場町として栄えた「台ヶ原宿」には、未だに当時の屋号を残す家も少なくない。甲斐駒ヶ岳の山岳信仰にまつわる歴史も豊かですし、地域の文化が受け継がれる場所で生きていられることは誇らしいですね。
俊彦さん:そうですね。白州町の各地区に「区会」というものがあり、さらに地区を細かく割った「組」という集まりがあるんです。区会の中に、衛生部、育成部、体育部、生産産業部などの専門部があって、各役員が組における行事や催しを企画しています。区会や組に参加する皆さんは30代から高齢の方まで年代もさまざまですが、それぞれ自分の仕事と並行しながら協力し合って運営していますね。年間の行事としては、缶拾い、草刈り、田んぼの野焼きなどの環境維持活動や、夏には子どもたちをキャンプに連れて行ったりする催しもあります。
美佐子さん:春には「馬頭観音」(ばとうかんのん:古くは農業や荷運びの手段として使われた馬や家畜を供養する石仏)を祀った祭事や、氏神である若宮八幡神社の「秋例祭」など、お祭りも賑やかに行ってきたのですが、コロナ禍や高齢化の影響ももあり現在は少し縮小してしまっていますね。名物であるお神輿の担ぎ手も減ってきてしまった。
俊彦さん:そういう意味でも移住者の方には気楽に参加してもらって、一緒に盛り上げていけると嬉しいですよね。昔は地区の運動会や、ゲートボール大会、卓球大会なども盛んに行われていたし、山梨特有の貯金会「無尽」(むじん)も頻繁に開かれていた。白州には「人と人とのつながりを重んじる」社交的な風土がありますから。いつでも大歓迎ですよ。
美佐子さん:コンビニやスーパー、郵便局、病院など、生活に必要ないろんな施設がコンパクトにまとまっているので、暮らしやすい町ですね。小学校や中学校も近くにあるので、子育て世代には助かると思います。個人的には甲斐駒ヶ岳や八ヶ岳、茅ヶ岳など、その日によって表情を変える山々に日々感動させられていますね。
俊彦さん:美しい川や山が近くにあることは、子どもたちにとっても貴重な環境なんじゃないかな。僕自身幼い頃に尾白川で泳いだ記憶は忘れられないし、自分を作ってきた大切な要素です。うちの子どもたちもずっと川で遊んで育ってきたけれど、街に出て友達に話すと驚かれるって言ってたもんね。
美佐子さん:長女が高校生時代に甲府市の友達が遊びに来たんですけど、駅まで迎えに行ったらスイカと浮き輪まで抱えて電車を降りてきて(笑)。それだけ貴重で特別な環境なんだなと思いますよね。あと家ではお米を作っていますけど、南アルプスの名水で育つお米の味は全然違う。白州は古くから稲作が盛んな地域で、香り高く甘みがある米が豊富に収穫されるんです。毎日それが味わえるのは本当に幸せですね。
俊彦さん:長女も現在都内と白州で「里帰り二拠点生活」をしながら白州への移住者誘致に取り組んでいますが、豊かな環境に魅せられて移住する人も増えている一方で、移住したいけれど住む場所が見つからない人も多いと聞きます。私たちもできる限りサポートしていますが、この辺りは古くからの家がびっしり建っていて、賃貸も少ない。市の空き家バンクや販売にも出されていない空き家も多くあるんですけど。
美佐子さん:犬の散歩で歩いていると「この辺りに物件はないのですか?」と声をかけられることもあるんです。まだ物件は見つかっていないけれど、ひとまず現地視察に来てみたと。「ネットにも情報がないし、来てみてもなにもない」。そんな声を聞くと、もう少し不動産が充実していたらいいなとは思いますね。
俊彦さん:「なにもない」のが白州の良いところなんだけど、住む場所がないのは課題かもしれませんね。だから今回「CHIME白州」ができることにすごく期待しているんです。周辺環境にも恵まれているし、移住を検討している方々にも確実に需要がある。地域住民として楽しみにしています。
幼少期から山梨県北杜市で暮らし、高校卒業後の結婚を期に俊彦さんの住む白州町で世帯を構える。共に市内の企業に勤めながら家業である農業に取り組み、地域特産品でもある米の生産を行う。3人の子どもに恵まれ、現在は市内に暮らす長男・次女を支えつつ、東京都内と白州町の「里帰り二拠点生活」を推奨する長女の移住促進活動にも献身的なサポートをしている。